著者にとって、兵士シリーズは「三島由紀夫で終わる」。これ以外の選択肢はなかったのであろう。
「兵士になれなかった三島由紀夫」。自衛隊の前線(戦地ではないが・・・)で働く(訓練を続ける)隊員の姿を長年追い続けてきた著者が選んだこのタイトルは、兵士シリーズを読んだ経験のある人(わたしもそうだが)が、この作品を読み終わったときには説得力を持つものだと感じることになるのではなかろうか。
このタイトルには、体験入隊時に彼に接した隊員達の証言によって描き出される、兵士三島としての肉体的な限界といった意味も含まれるのかもしれないが、著者が長年に渡って追い続けてきた「自衛隊の兵士達の姿」と、三島が考える兵士の理想像、そして自分自身もその姿に憧れ近づこうと望むと同時に、自衛隊にもそれを期待し、そしてその期待が絶望へと変わった結果、檄文とともに散った彼の姿をどうやっても重ね合わせることができなかった、という意味が込められているような気がしてならない。
この作品には「作家」三島由紀夫や生い立ちなどについてはまったくといっていい程触れられていない。よって、彼の全てを知りたいという人には物足りないかもしれない。ただし、それがこの作品の価値を減ずるものではないと思う。彼について描かれた著作は他にもあるのだから、それを読めば良いのである。
また、著者が描き出す三島の人間像が「新たな」ものなのか、三島ファンの中では「認識されている」ものなのか、彼について通り一遍の知識しかないわたしには判断できないのだが、たぶん、後者なのだろう。しかし、わたしは、それでもいいのではないかと考えてしまう。
著者の三島に対する思い入れも合わせて、兵士シリーズ最終章に相応しい作品だと思う。