自らの成功体験をまとめた値切りハウツー本は以前から存在するが、金子氏のユニークさは流通ジャーナリストとして流通の仕組みを踏まえた上で値引きを論じている点にある。それ故に金子氏の値切りは買い手の要求を一方的に押し付ける強要型の値切りではなく、長期在庫処理という売主のメリットを提示する提案型の値切りとなっている。
正直なところ、私は値切ることに好印象を抱いていなかった。値切り要求の強い人にだけ値引きするのではなく、最初から値引きの余地のない価格で提供する業者こそ誠実な業者と考えていたためである。
日本が他のアジア諸国に先駆けて資本主義の導入に成功した背景には既に江戸時代から三井越後屋などによって正札販売(値札をつけて値引きをしない販売手法)が普及していたことが一因である。途上国の外国人向け土産物屋のように消費者が値切らなければ賢い買い物ができない市場は後進的ではないかという認識があった。
しかし流通の実態は、それほど単純ではないことが金子氏の説明から理解できた。物としては変わらなくても、新しいモデルが出れば一世代前のモデルの価値は下がってしまう。また、売り場では人気色を映えさせるために不人気な色の商品も一定数を仕入れざるを得ず、長期在庫が生じがちである。ここに消費者が値切りによって適正価格を決めていく意義がある。
値切りを卑しい行為と捉える発想に対し、金子氏は「値切りには品格が必要」「値切りは紳士的な行為」と力説する。明るくスマートに値切りを実践する金子氏からは、既存の値切り観を覆す迫力が感じられた。