この本は渡部氏の人生論、修養書の総決算というべき本というべきものでしょう。以前、私はある会合で渡部先生の高校の同級生という方と話す機会がありました。「高校時代の渡部先生はどんな風だったんですか?」と聞くと、「頑固な奴でねー、一度こうだと言うと、もう絶対曲げないんだ。お祭りの時など、店を出して、売っていましたよ。経済的に苦しかったんだろうな。」、「渡部先生の本に出てくる、佐藤先生、ジュンタ先生はどんな方だったんですか?」「どうっていうことの無い爺さんだったけどねー。」という返事であった。渡部先生は御自分でも書いておられるが如く、ごく普通の、インテレクチュアル・ライフとは全く無縁の家柄の方である。少しでも気を抜けば、学者、大学教授などとは縁の無い生活を送られた方と思う。しかしその勉学や仕事における持続力、継続力は、人間離れしているのではないか。中学生の時、英語の参考書に出ていた諺を毎日少しずつ覚え、連帯責任は無責任 を、クラスで一人英文にする正解を出したというエピソートに早くも現れている。私なら記憶しようと決心しても三日と持続できない。この人は予定よりも早く、100もの諺を皆覚えてしまったというのだ。便所で何年もかけて、少しずつカントの純粋理性批判を読み、読了してしまったというエピソードもある。そして苦労人であって、人生論、修養書をよく読むだけでなく、読んだ知識を実践し、本多静六を読んで実際にお金を作ってしまうのだからすごい。渡部先生も書いておられるが、人生論や修養書などを嫌うという人達がいる。例として旧制中学を四修で終えて一高に入学、そして有名教授を岳父とした、平川祐弘氏をあげておられたのを前に読んだことがある。確かに平川氏など、いいお家に生まれ子供の頃から神童の誉れの高かったという人は、泥臭い修養書をバカにする。でも真面目に修養書を読み、少しでも自分を高めようと努力している凡人も、私を含めて世の中には多数いるのも本当だ。渡部先生は我ら凡人の希望の星という方である。皆さんこの本を手に取って泥臭く精読しましょう。「一国が栄えるか栄えないかは、セルフ・ヘルプの人の数に応ずる。」という言葉を、平成生まれの若い人々に噛みしめてもらいたいと思います。真面目に努力する凡人を、ひやかす勿れ!私は、我が家の豚児二人各々に、この本を買い与えました。