内容紹介
●BCBOOK.com●
1970~80年代、 大阪に熱くおもろい情報誌があった。
『プレイガイドジャーナル』
若者たちは親しみを込めて「プガジャ」と呼び、
それを持って街に出た。
今や伝説となった「プガジャ」をつくっていた人々の、情熱と涙の人間ドラマ!
かつて、大阪にプガジャという雑誌があった。
日本で最初の情報誌といわれ、風評なので真偽のほどは定かでないが、七〇年代には朝日ジャーナル、スゥイング・ジャーナルと並んで三大ジャーナル誌ともいわれたという。
七一年に創刊され、八七年に、僕らがつくっていた『ぷがじゃ』は終った。
七十年代の関西サブ・カルチャーをリードした雑誌であり、そこには大阪がいちばんおもしろかった時代の息吹が確かにあった。
(春岡勇二さんの「はじめに」より)
【体裁】
新書判、ソフトカバー、
420頁(本文267頁、脚注236点、歴史70頁、総目次15頁)
ブックデザイン=鈴木一誌+藤田美咲
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1970~80年代、 大阪に熱くおもろい情報誌があった。
『プレイガイドジャーナル』
若者たちは親しみを込めて「プガジャ」と呼び、
それを持って街に出た。
今や伝説となった「プガジャ」をつくっていた人々の、情熱と涙の人間ドラマ!
かつて、大阪にプガジャという雑誌があった。
日本で最初の情報誌といわれ、風評なので真偽のほどは定かでないが、七〇年代には朝日ジャーナル、スゥイング・ジャーナルと並んで三大ジャーナル誌ともいわれたという。
七一年に創刊され、八七年に、僕らがつくっていた『ぷがじゃ』は終った。
七十年代の関西サブ・カルチャーをリードした雑誌であり、そこには大阪がいちばんおもしろかった時代の息吹が確かにあった。
(春岡勇二さんの「はじめに」より)
【体裁】
新書判、ソフトカバー、
420頁(本文267頁、脚注236点、歴史70頁、総目次15頁)
ブックデザイン=鈴木一誌+藤田美咲
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内容(「BOOK」データベースより)
1970~80年代、大阪に熱くおもろい情報誌があった。『プレイガイドジャーナル』。若者たちは親しみを込めて「プガジャ」と呼び、それを持って街に出た。今や伝説となった「プガジャ」をつくっていた人々の、情熱と涙の人間ドラマ。
著者について
森晴樹…「プガジャ」第四代編集長。70年代後半、個性あふれる誌面を展開した。
村上知彦…「プガジャ」第五代編集長。B6からB5へのサイズ変更を断行し、新時代を築いた。
春岡勇二…B6サイズ最後の「プガジャ」から編集に参加。映画を担当し、最後の二年間は副編集長。
ガンジー石原…83年4月号から「プガジャ」編集に携わり、演芸・寄席欄などを担当。
山口由美子…「プガジャ」創立メンバーの一人で、第三代編集長。70年代後半の同誌を牽引した。
小堀純…『名古屋プレイガイドジャーナル』を経て、「プガジャ」最後の編集長に。その再建に尽力した。
村上知彦…「プガジャ」第五代編集長。B6からB5へのサイズ変更を断行し、新時代を築いた。
春岡勇二…B6サイズ最後の「プガジャ」から編集に参加。映画を担当し、最後の二年間は副編集長。
ガンジー石原…83年4月号から「プガジャ」編集に携わり、演芸・寄席欄などを担当。
山口由美子…「プガジャ」創立メンバーの一人で、第三代編集長。70年代後半の同誌を牽引した。
小堀純…『名古屋プレイガイドジャーナル』を経て、「プガジャ」最後の編集長に。その再建に尽力した。