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最も参考になったカスタマーレビュー
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「お客様」社会という社会危機,
By kyama (愛知) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書) (新書)
「国民の皆さま」(政治家)「患者さま」(病院)といった表現の横行に不快感よりも不安感を持っている身にとっては、タイトルにシンクロした。事例を紹介しながら、著者は、「お客様」社会イコール「不満排除システム」社会であるとする。そして、このシステムは、永久に辿りつくことのない完全なる満足を目指すがゆえに、常に新たな不満が「相対不満」として再生産されつづける危険なシステムであることを指摘する。分かりやすい仮説であり、おそらくそれは正しいと思う。しかし、それ以上の踏み込みがない点が不満である。プリマー新書ということで、読者対象の年齢層がやや低目に設定されているので仕方のないことかも知れないが、それ以上に、まだ議論自体が練られていない印象が拭えない。「「お客様」社会論は始まったばかり」(p.178)ということもあるだろう。このシステムがどのように形成され、どのように拡大してきたのか、というデータに基づく観察が欲しいところである(もちろん仮説で結構)。しかし、それでもこの問題を正面に据えた点は高く評価されるべきもので、著者のもつ危機感も広く共有されるべきものと思う。 思うに、このシステムは、第三次産業(サービス業)限定だったのが、今や現代社会のOS位置に滑り込もうとしている。第三次産業人口が圧倒的な現代日本(大正9年には23%であったが、昭和50年頃から50%を超え、平成17年には67%に達する。統計局HP)では、そのシステムが社会維持システムとしてのディファクト・スタンダードになってしまっていることや、本来社会維持システムのOSとして機能してきたはずの「道徳」やそれを語るべき教育(含家庭教育)さえもが、基本OSから外され、その上で動くアプリケーションソフトの一つに過ぎなくなってきている。(「教育サービス」という言い方を文部科学省自体が用いていることの危なさに気づいている政治家はどれほどいるのだろうか?教育機関が提供する授業を「教育商品」と呼んでもジョークにならない時代がもう来ている。) 著者には、読者に考える契機を与えるだけでなく、今後よりダイナミックな議論に展開させてもらいたい。
5つ星のうち 5.0
荒ぶる八百万の神=お客様,
By drumachaki (北海道) - レビューをすべて見る
Amazonが確認した購入(詳細)
レビュー対象商品: 「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書) (新書)
サービス業界含め、「お客様」を相手にする仕事をしている方なら納得の一冊。『不満を徹底的に排除しようとする努力は、不満を感じる機会を減らします。しかし、それは一時的にすぎません。以前ならいちいち不満に思わなかったことに不満を感じるようになるのです。高度なレベルの気づかいを、みんながみんなに期待するからです。』 サービスの質の改善、向上を図ろうとする側にとっては、ため息がでるのではなかろうか。お客との終わりなき戦いは、景気の影響による経費削減で給料を減らされ、重労働をかされる身にとっては、白旗を挙げられない戦のようなもの。 不景気は1つのチャンスでもあって、厳しい状況だからこそ競争にさらされる中、製品やサービスの質は飛躍的に向上していきます。世の中のお金回りがよければ当然そこそこで売れてしまうので、言い方は悪いですが、ほどほどにがんばればいいという部分も出てくるわけですから。 しかし、このお金が回りが悪い現状では、どの業界も手を変え品を変え質の向上に励み、結果お客という神様は周りからの待遇にふんぞり返り、ちょっとしたことでもイライラしてしまいます。例えば、ラーメン屋で水はセルフの場合もあればお店側から来店時に出してくれることもあります(丁寧に張り紙で「水はセルフです」と書いてあるところもありますよね)。しかし、神様はとても厳しいのです。水がでてくるのは当然。張り紙がでていても「この店は客に水もださねえのか!」と怒鳴る始末。そしてお店側は謝りながらお水を出します。似たような光景を見たことありませんか?さすがにこのような場合では暴力までには発展しないかもしれませんが、著者の提唱する仮説「欲求不満攻撃正当化説」にあるように、自らが怒るのには客の立場からの正当な(聖なる)理由があるからだ、と思ってしまうこととつながりがあるのかもしれません。 さらに、この荒ぶる神が求めるサービスは、学校の生徒のお客様化や果ては家庭にまで及んでいると本書で言及しています。それは「お客でありたい」という社会的欲求が異常なまでに膨れ上がり、日常まで飲み込もうとしているということではないでしょうか。 しかし、サービスを提供する側も外に出れば「お客様」に変身。立場を変えて、お客はこうあっていいのだと思ってしまう人が出てくるのも当然で、そういう相互作用を懸念してしまい、著者が期待するお客様社会脱却は難しいのではないかと思ってしまうのは、私自身もお店に行けば「お客様」として扱われてしまうからでしょうか・・・。 『「お客様」でだけいられるひとなんていません。だれもがあるときは「お客様」になり、またべつのときは「お客様」を相手にする労働者になります。だから、「お客様」社会化は、消費と労働の両方の場面から考え続ける必要があるのです。』 教えて欲しいと思うのは、「お客様」意識が抜けない証拠。やはり自分で考えていかなければいけません。もちろん、私もそうです(笑) 余談ですが、最近の海外のニュースで航空会社の男性客室乗務員がお客からの罵倒にキレてシュートを使用し飛行機から脱出。そのまま家に帰ってしまったというのがありました。この方は20年以上も客室乗務員として働いてきたそうですが、とうとう堪忍袋の緒が切れたということでしょう。それほどのベテランでも最近の荒ぶる神の態度には我慢できなかったのですね。男性のこのような行為は犯罪として扱われていますが、この男性を擁護する世論は多いようです。おそらく、日本だけでなく海外にも同じように荒ぶる八百万の神は存在しているのですね。
9 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
こんなふうに説明できる “きれい好き”,
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レビュー対象商品: 「お客様」がやかましい (ちくまプリマー新書) (新書)
顧客満足、お客様第一主義、巷に溢れる“正義の言葉”を疑い、考えてみませんか?みたいな本。 いろんな事例を元に、考察は進むが、まとまりに欠ける。 ご一緒に考えて見ましょう、のスタンスか。
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