出版社/著者からの内容紹介
本書は、「正しさ」について考える・初級編です。脳死・臓器移植、死刑、南北格差、環境危機などの現実の問題を題材として、絶対的な権威に頼ることも、開き直って力に訴えることもなく、価値観の異なる他者とよりよく生きていくには、具体的にどうするのが「正しい」のかを述べています。初級編ではありますが、刺激的であると感じる人も多いようです。「脳死が医学的に人の死であろうとなかろうと、法律で人の死とすることもしないこともできる」「われわれの社会は、自動車の利便性と引き替えに、人がひき殺されることを容認している」などの認識は、残念ながらまだ常識的な見方になっているとは言えないでしょう。前者は規範の性質についての初歩的知識、後者は問題のシステム的把握の基本から簡単に導かれることなのですが。本書をお読みになれば、合理的な判断ができる人ならそれらのことに納得していただけると思います。
なお、本書の公式ページを設けました。手始めに、「正しさ」について考える能力を'市民としての教養'として論じた拙稿「哲学はオタクのご託か」を掲載しました。これは、筑摩書房のPR誌『ちくま』2005年1月号に掲載されたものです。掲載を快諾いただいた筑摩書房に感謝いたします。
今後は、本書にいただいた感想へのコメントを掲載することも計画しています。ご興味がおありでしたら検索してみてください。
なお、本書の公式ページを設けました。手始めに、「正しさ」について考える能力を'市民としての教養'として論じた拙稿「哲学はオタクのご託か」を掲載しました。これは、筑摩書房のPR誌『ちくま』2005年1月号に掲載されたものです。掲載を快諾いただいた筑摩書房に感謝いたします。
今後は、本書にいただいた感想へのコメントを掲載することも計画しています。ご興味がおありでしたら検索してみてください。
内容(「BOOK」データベースより)
あらゆる権威は失墜し、そして誰も「絶対の正義」など信じなくなった。「正義」の名の下、憎悪が戦火を拡大する時代だ。だがそれでも、人は「正しさ」なしでは生きてゆけない社会的存在である。では、聖人には程遠い「凡愚」たる私たちは、「正しさ」について何を語りうるのか。本書では、脳死・臓器移植、死刑、愛国心、民主制、環境破壊と南北格差など具体的問題を素材に、価値観が鋭く対立する他者との間に「約束事としての正義」を築きあげる道筋を示す。現代の突きつける倫理問題をみずから考え抜く力を養うための必読書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小林 和之
1959年生まれ。大阪大学大学院法学研究科修了。博士(法学)。法哲学専攻。保険会社、大阪大学法学部助手などを経て、現在はIT法学教育科研費プロジェクトに従事。自分自身の肉声で思想する希少な法哲学者。卓抜な発想と緻密な論理的構成力をその身上とする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1959年生まれ。大阪大学大学院法学研究科修了。博士(法学)。法哲学専攻。保険会社、大阪大学法学部助手などを経て、現在はIT法学教育科研費プロジェクトに従事。自分自身の肉声で思想する希少な法哲学者。卓抜な発想と緻密な論理的構成力をその身上とする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
そして、「正しさ」について理解し考える力が身に付くことは、栄養素の効果を理解する力が身に付くのとは全く異なった意味を持つ。タンパク質は、人がその効能を知っていようといまいと存在する。だが、「正しさ」は人が考えることをやめれば世界から消えてしまうだろう。そして、「正しさ」は、常に語られなければならない。心の奥底にしまわれた「正しさ」は思いこみでしかない。「正しさ」は人と人との間に成り立つのだ。
われわれは、十分に「正しさ」について語っているだろうか。わたしは、今ほど「正しさ」について語ることが重要な時代はないと思う。本書が「正しさ」についてさらに語るひとつのきっかけになることを願ってやまない。('あとがき'より)
われわれは、十分に「正しさ」について語っているだろうか。わたしは、今ほど「正しさ」について語ることが重要な時代はないと思う。本書が「正しさ」についてさらに語るひとつのきっかけになることを願ってやまない。('あとがき'より)
「諸君!」2005年3月号
生命の価値の絶対性を論じた第二章は是非とも読まれるべきだ。(宮崎哲弥)
「本の雑誌」2005年4月号
ものすごくアタマイイ人にガイドしてもらって進めば、けっこう遠くまで探検できます。(渡邊十絲子)