出版社/著者からの内容紹介
今回は、太平洋戦争に敗れた日本人が、戦後いかに振舞い思想したかを、占領期から70年代の「ベ平連」までたどったものです。
戦争体験・戦死者の記憶の生ま生ましい時代から、日本人が「民主主義」「平和」「民族」「国家」などの概念をめぐってどのように思想し行動してきたか、そのねじれと変動の過程があざやかに描かれます。 登場するのは、丸山真男、大塚久雄から吉本隆明、竹内好、三島由紀夫、大江健三郎、江藤淳、さらに鶴見俊輔、小田実まで膨大な数にのぼります。現在、憲法改正、自衛隊の海外派兵、歴史教科書などの議論がさかんですが、まず本書を読んでからにしていただきたいものです。読後、ダワー『敗北を抱きしめて』をしのぐ感銘を覚えられこと間違いありません。
TOC: ◆目次 第1章 モラルの焦土――戦争と社会状況
セクショナリズムと無責任/軍需工場の実態/組織生活と統制経済/知識人たち/学徒兵の経験/「戦後」の始まり
第2章 総力戦と民主主義――丸山眞男・大塚久雄
「愛国」としての「民主主義/総動員の思想/「国民主義」の思想/「超国家主義」と「国民主義」/「近代的人間類型」の創出/「大衆」への嫌悪/屈辱の記憶
第3章 忠誠と反逆――敗戦直後の天皇論
「戦争責任」の追及/ある少年兵の天皇観/天皇退位論の台頭/共産党の「愛国」/「主体性」と天皇制/「武士道」と「天皇の解放」/天皇退位と憲法/退位論の終息
第4章 憲法愛国主義――第九条とナショナリズム
ナショナリズムとしての「平和」/歓迎された第9条/順応としての平和主義/共産党の反対論/「国際貢献」の問題
第5章 左翼の「民族」、保守の「個人」――共産党・保守系知識人
「悔恨」と共産党/共産党の愛国論/戦争と「リベラリスト」/オールド・リベラリストたち/「個人」を掲げる保守/「世代」の相違
第6章 「民族」と「市民」――「政治と文学」論争
「個人主義」の主張/戦争体験と「エゴイズム」/「近代」の再評価/共産党の「近代主義」批判/小林秀雄と福田恒存「市民」と「難民」
第7章 貧しさと「単一民族」―一九五〇年代のナショナリズム
経済格差とナショナリズム/「アジア」の再評価/反米ナショナリズム/共産党の民族主義/一九五五年の転換/「私」の変容/「愛する祖国」の意味
第8章 国民的歴史運動――石母田正・井上靖・網野善彦ほか
孤立からの脱出/戦後歴史学の出発/啓蒙から「民族」へ/民族主義の高潮/国民的歴史学運動/運動の終焉
第9章 戦後教育と「民族」――教育学者・日教組
戦後教育の出発/戦後左派の「新教育」批判/アジアへの視点/共通語普及と民族主義/「愛国心」の連続/停滞の訪れ
第10章 「血ぬられた民族主義」の記憶――竹内 好
「政治と文学」の関係/抵抗としての「十二月八日」/戦場の悪夢/二つの「近代」/「国民文学」の運命
第11章 「自主独立」と「非武装中立」――講和問題から55年体制まで
一九五〇年の転換/アメリカの圧力/ナショナリズムとしての非武装中立/アジアへの注目/国連加盟と賠償問題/「五五年体制」の確立
第12章 六〇年安保闘争――「戦後」の分岐点
桎梏としての「サンフランシスコ体制」/五月十九日の強行採決/戦争の記憶と「愛国」/新しい社会運動/「市民」の登場/「無私」の運動/闘争の終焉
第13章 大衆社会とナショナリズム――一九六〇年代と全共闘
高度経済成長と「大衆ナショナリズム」/戦争体験の風化/「平和と民主主義」への批判/新左翼の「民族主義」批判/全共闘運動の台頭/ベトナム反戦と加害
第14章 「公」の解体――吉本隆明
「戦中派」の心情/超越者と「家族」/「神」への憎悪/戦争責任の追及/「捩じれの構造」と「大衆」/安保闘争と戦死者/国家に抗する「家族」/「戦死」からの離脱
第15章 「屍臭」への憧憬――江藤 淳
「死」の世代/没落中産階級の少年/「死」と「生活者」/「屍臭」を放つ六〇年安保/アメリカでの「明治」発見/幻想の死者たち
第16章 死者の越境――鶴見俊輔・小田 実
慰安所員としての戦争体験/「根底」への志向/「あたらしい組織論」の発見/「難死」の思想/不定形の運動/他 結論
戦争体験・戦死者の記憶の生ま生ましい時代から、日本人が「民主主義」「平和」「民族」「国家」などの概念をめぐってどのように思想し行動してきたか、そのねじれと変動の過程があざやかに描かれます。 登場するのは、丸山真男、大塚久雄から吉本隆明、竹内好、三島由紀夫、大江健三郎、江藤淳、さらに鶴見俊輔、小田実まで膨大な数にのぼります。現在、憲法改正、自衛隊の海外派兵、歴史教科書などの議論がさかんですが、まず本書を読んでからにしていただきたいものです。読後、ダワー『敗北を抱きしめて』をしのぐ感銘を覚えられこと間違いありません。
TOC: ◆目次 第1章 モラルの焦土――戦争と社会状況
セクショナリズムと無責任/軍需工場の実態/組織生活と統制経済/知識人たち/学徒兵の経験/「戦後」の始まり
第2章 総力戦と民主主義――丸山眞男・大塚久雄
「愛国」としての「民主主義/総動員の思想/「国民主義」の思想/「超国家主義」と「国民主義」/「近代的人間類型」の創出/「大衆」への嫌悪/屈辱の記憶
第3章 忠誠と反逆――敗戦直後の天皇論
「戦争責任」の追及/ある少年兵の天皇観/天皇退位論の台頭/共産党の「愛国」/「主体性」と天皇制/「武士道」と「天皇の解放」/天皇退位と憲法/退位論の終息
第4章 憲法愛国主義――第九条とナショナリズム
ナショナリズムとしての「平和」/歓迎された第9条/順応としての平和主義/共産党の反対論/「国際貢献」の問題
第5章 左翼の「民族」、保守の「個人」――共産党・保守系知識人
「悔恨」と共産党/共産党の愛国論/戦争と「リベラリスト」/オールド・リベラリストたち/「個人」を掲げる保守/「世代」の相違
第6章 「民族」と「市民」――「政治と文学」論争
「個人主義」の主張/戦争体験と「エゴイズム」/「近代」の再評価/共産党の「近代主義」批判/小林秀雄と福田恒存「市民」と「難民」
第7章 貧しさと「単一民族」―一九五〇年代のナショナリズム
経済格差とナショナリズム/「アジア」の再評価/反米ナショナリズム/共産党の民族主義/一九五五年の転換/「私」の変容/「愛する祖国」の意味
第8章 国民的歴史運動――石母田正・井上靖・網野善彦ほか
孤立からの脱出/戦後歴史学の出発/啓蒙から「民族」へ/民族主義の高潮/国民的歴史学運動/運動の終焉
第9章 戦後教育と「民族」――教育学者・日教組
戦後教育の出発/戦後左派の「新教育」批判/アジアへの視点/共通語普及と民族主義/「愛国心」の連続/停滞の訪れ
第10章 「血ぬられた民族主義」の記憶――竹内 好
「政治と文学」の関係/抵抗としての「十二月八日」/戦場の悪夢/二つの「近代」/「国民文学」の運命
第11章 「自主独立」と「非武装中立」――講和問題から55年体制まで
一九五〇年の転換/アメリカの圧力/ナショナリズムとしての非武装中立/アジアへの注目/国連加盟と賠償問題/「五五年体制」の確立
第12章 六〇年安保闘争――「戦後」の分岐点
桎梏としての「サンフランシスコ体制」/五月十九日の強行採決/戦争の記憶と「愛国」/新しい社会運動/「市民」の登場/「無私」の運動/闘争の終焉
第13章 大衆社会とナショナリズム――一九六〇年代と全共闘
高度経済成長と「大衆ナショナリズム」/戦争体験の風化/「平和と民主主義」への批判/新左翼の「民族主義」批判/全共闘運動の台頭/ベトナム反戦と加害
第14章 「公」の解体――吉本隆明
「戦中派」の心情/超越者と「家族」/「神」への憎悪/戦争責任の追及/「捩じれの構造」と「大衆」/安保闘争と戦死者/国家に抗する「家族」/「戦死」からの離脱
第15章 「屍臭」への憧憬――江藤 淳
「死」の世代/没落中産階級の少年/「死」と「生活者」/「屍臭」を放つ六〇年安保/アメリカでの「明治」発見/幻想の死者たち
第16章 死者の越境――鶴見俊輔・小田 実
慰安所員としての戦争体験/「根底」への志向/「あたらしい組織論」の発見/「難死」の思想/不定形の運動/他 結論
内容(「BOOK」データベースより)
これまで語られることがなかった戦争の記憶と「戦後」の姿が、いま鮮烈によみがえる。『単一民族神話の起源』『“日本人”の境界』で日本を問いなおしてきた著者が、私たちの過去を問い、現在の位置を照らしだす。
内容(「MARC」データベースより)
「戦後」におけるナショナリズムや「公」に関する言説を検証し、その変遷過程を明らかにする。これまで語られることがなかった戦争の記憶と「戦後」の姿が、いま鮮烈によみがえる。
著者からのコメント
私たちは「戦後」を知らない
あなたは、共産党が日本国憲法の制定に反対し、社会党が改憲をうたい、保守派の首相が第九条を絶賛していた時代を知っているだろうか。戦後の左派知識人たちが、「民族」を賞賛し、「市民」を批判していた時期のことをご存じだろうか。全面講和や安保反対の運動が「愛国」の名のもとに行なわれたことは? 昭和天皇に「憲法第九条を尊重する意志がありますか」という公開質問状が出されたことは?
焼跡と闇市の時代だった「戦後」では、現在からは想像もつかないような、多様な試行錯誤が行なわれていた。そこでは、「民主」という言葉、「愛国」という言葉、「近代」という言葉、「市民」という言葉なども、現在とはおよそ異なる響きをもって、使われていたのである。
一九九〇年代の日本では、戦争責任や歴史をめぐる問題、憲法や自衛隊海外派遣の問題、あるいは「少年犯罪」や「官僚腐敗」などの問題が、たびたび論じられた。しかしそれらの議論が、暗黙の前提にしている「戦後」のイメージは、ほとんどが誤ったものである。誤った前提をもとに議論しても、大きな実りは期待できない。私たちはまず、自分たちが「戦後」をよく知らないということ、「戦後」に対する正確な理解が必要であることを、自覚することから始めるべきだと思う。
この本は、そうした問題意識から出発して、「戦後」におけるナショナリズムと「公(おおやけ)」をめぐる議論が、どのように変遷して現代に至ったかを検証したものである。このテーマを追跡するために、「戦後」の代表的な知識人や事件は、ほとんど網羅することになった。
たとえば丸山眞男・大塚久雄・吉本隆明・江藤淳・竹内好・鶴見俊輔などの思想はもとより、共産党や日教組の論調、歴史学者や文学者などの論争も検証した。憲法や講和、安保闘争、全共闘運動、ベトナム反戦運動などをめぐる議論も、可能なかぎり追跡した。さらに戦争や高度経済成長などが、こうした思想や論調にどのような影響を与えたのかも、重視されている。
結果として本書は、「戦後とは何だったのか」そして「戦争の記憶とは何だったのか」を問いなおし、その視点から現在の私たちのあり方を再検討するものとなった。「私たちはどこから来たのか」、そして「私たちはいまどこにいるのか」を確かめるために、読んでいただきたいと思う。
著者 小熊英二
あなたは、共産党が日本国憲法の制定に反対し、社会党が改憲をうたい、保守派の首相が第九条を絶賛していた時代を知っているだろうか。戦後の左派知識人たちが、「民族」を賞賛し、「市民」を批判していた時期のことをご存じだろうか。全面講和や安保反対の運動が「愛国」の名のもとに行なわれたことは? 昭和天皇に「憲法第九条を尊重する意志がありますか」という公開質問状が出されたことは?
焼跡と闇市の時代だった「戦後」では、現在からは想像もつかないような、多様な試行錯誤が行なわれていた。そこでは、「民主」という言葉、「愛国」という言葉、「近代」という言葉、「市民」という言葉なども、現在とはおよそ異なる響きをもって、使われていたのである。
一九九〇年代の日本では、戦争責任や歴史をめぐる問題、憲法や自衛隊海外派遣の問題、あるいは「少年犯罪」や「官僚腐敗」などの問題が、たびたび論じられた。しかしそれらの議論が、暗黙の前提にしている「戦後」のイメージは、ほとんどが誤ったものである。誤った前提をもとに議論しても、大きな実りは期待できない。私たちはまず、自分たちが「戦後」をよく知らないということ、「戦後」に対する正確な理解が必要であることを、自覚することから始めるべきだと思う。
この本は、そうした問題意識から出発して、「戦後」におけるナショナリズムと「公(おおやけ)」をめぐる議論が、どのように変遷して現代に至ったかを検証したものである。このテーマを追跡するために、「戦後」の代表的な知識人や事件は、ほとんど網羅することになった。
たとえば丸山眞男・大塚久雄・吉本隆明・江藤淳・竹内好・鶴見俊輔などの思想はもとより、共産党や日教組の論調、歴史学者や文学者などの論争も検証した。憲法や講和、安保闘争、全共闘運動、ベトナム反戦運動などをめぐる議論も、可能なかぎり追跡した。さらに戦争や高度経済成長などが、こうした思想や論調にどのような影響を与えたのかも、重視されている。
結果として本書は、「戦後とは何だったのか」そして「戦争の記憶とは何だったのか」を問いなおし、その視点から現在の私たちのあり方を再検討するものとなった。「私たちはどこから来たのか」、そして「私たちはいまどこにいるのか」を確かめるために、読んでいただきたいと思う。
著者 小熊英二
著者について
小熊英二(おぐま・えいじ)
1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。
現在、慶応義塾大学総合政策学部教員。
著書:『単一民族神話の起源』(新曜社、1995)、『〈日本人〉の境界』(新曜社、1998年)、『インド日記』(新曜社、2000年)。
1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。
現在、慶応義塾大学総合政策学部教員。
著書:『単一民族神話の起源』(新曜社、1995)、『〈日本人〉の境界』(新曜社、1998年)、『インド日記』(新曜社、2000年)。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小熊 英二
1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。現在、慶応義塾大学総合政策学部教員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1962年東京生まれ。1987年東京大学農学部卒業。1998年東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。現在、慶応義塾大学総合政策学部教員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)