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87 人中、72人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
左翼的言説に失望したリベラルに読んで欲しい,
By 元フェミ (東京都港区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
私にとっては、ここ数年で最も買ってよかった本。6300円は安くないが、社会人なら、気の進まない飲み会を1回キャンセルすれば捻出できる額。けっして高くない。私は、中高大学生時代、朝日新聞を読み続け「日本はダメだ」「愛国というのは植民地思想と同義」というイメージを(朝日が直接的に書いてはいなかったかもしれないけれど)持ち続けてきた。日本人ではあるけれど、そのことを「誇りに思う」などと少しでも考えてはいけないのではないか、と思い続けてきた。アメリカ人が右も左も「愛国」を唱えるのを見て「戦争に勝ったから言えるんだな」と、どこかうらやましい気持ちを抱くようになった最近「今、日本人であることの悲しさは、国を愛するということと、改革派であることが両立しえないことだ」と思っていた。「<民主>と<愛国>」は戦後日本において、左翼が「愛国」を唱えた時代があることを、丹念な資料検分を踏まえ、教えてくれた。自分の歴史認識の浅さに気づくのは、とても楽しい経験だった。高名な知識人と言えども、社会の大きな動きと無関係ではいられない「弱い個人」である、という認識にも共感を持てた。また、戦争体験世代と言っても、年齢、居住地、階層で体験の内容が大きく違うと知ったことも、発見だった。翻訳されて海外の人にも読んでほしいと思う。あえて欠点を挙げるなら、結論部で在日韓国人のナショナリズムを「めざすべき形」のように取り扱っている部分。本論に比べて議論が粗く説得力が弱く感じるのが(個人的、主観的には賛成したいけれど)もったいないなと思った。
20 人中、17人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
確かに『私たちは「戦後」を知らない』と言える,
By テキーラサンライズ (hyogo) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
戦争目的を信じ、天皇に忠誠を誓い、純粋に国家に命を捧げる覚悟で戦った元少年兵→自らの戦争責任について何も示さない昭和天皇や戦争指導者に激怒、敬愛と忠誠から反逆に転じる。 学徒兵での経験から日本の社会階層と日本人の意識構造を研究し、敗戦後に、理想とすべき国家像と国民像を世に問うた知識人たち →のちに、アジア軽視、大衆軽視、特権的知識人と非難される。 敗戦後のアナーキー状態を抜け出し、ようやく社会秩序や生活基盤が安定する →若者にとってそれが息苦しい管理社会の始まりと感じられ、その他の権威もろとも破壊すべき対象となる。 被害者意識をもって、残酷な戦争体験を若者に語ろうとする年長者たち →若者はそれを、時代遅れのたわごとと判断、逆に「年長者全員=元殺人者」などと決め付けて非難し、つるし上げる。 戦争のある社会が当たり前の時代に生まれ育ち、戦闘の現実を目の当たりにせずに敗戦を迎えた若者 →戦後の平和がむしろ「虚構」であるとの感覚をもち、英雄的な散華にあこがれ、公の復権と国家への忠誠を主張する。 ごくごく一部を抜き出したが、当然なこととはいえ、人間の意識の複雑さ、そして世代ごとの価値観のすれ違いに、とても歯がゆさとやりきれなさを感じた(「戦争に負けた当事者である大人が、偉そうな顔して出てきたら許せないんですよね」という宮崎駿氏の言葉も理解せざるをえないが)。いくら後世に生まれて上から冷静な視線を送ろうとも、簡単に善悪の判断をしようがないだろう。 著者は結論において、『戦後思想に対する最大の誤解の一つは、それが「欧米から輸入された」という見方である』と断言している。社会学を基礎に、戦後思想と戦後民主主義に枠をはめ、新たな光を差し込み、「戦後レジーム」を問うた歴史的大著。読後の満足感は、他にそう得られるものではない。
83 人中、67人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
戦後思想を読み解く良質な「辞書」,
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
戦後思想はナショナリズムの否定ではなく、異なるナショナリズムを模索するもの。これが著者の主張である。 異なるナショナリズムの模索とは、「私」がいかに「私たち」になりうるのか、その「私たち」がどこまでの範囲のものであり、どのような性格のものであるを探ることだ。そこには、戦前のナショナリズムとの断絶と連続性の複雑な交錯がある。著者は、交錯の後を丹念に追跡する。 マルクス主義と戦中思想の意外な共通点や、日教組が唱える愛国心など、追跡の過程で見えてくるものはいずれも興味深い。 また、戦後思想を「戦争体験」の思想化と考える著者は、典型的なステレオタイプ化した戦争体験論と距離を置き、「戦争体験」の多様性を強調する。 戦地に行った者、行かなかった!'!'、戦闘に参加した者、しなかった者、空襲にあった者、あわなかった者・・・。一口に「戦争体験」といってもその内容はさまざまであり、まさにさまざまであることが戦争の「実感」を多様性のあるものにしている。たとえば、海軍士官時代に台湾駐留で内地以上に食料に恵まれた安全な環境にいたことと、「タカ派中曽根康弘」の形成は無関係ではないことがわかる。 同じ言葉を、各人が異なる意味で使っている状態では、まともな対話や討論は成立しない。「ナショナリズム」というきな臭いイメージの言葉も、イメージだけでなく、使用されてきた歴史的な経緯を理解しなければ議論は混乱するばかりだ。本書は、ジョン・ダワーの読者と小林よしのりの読者をつなぐ「辞書」になりうる可能性をもつ。
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