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83 人中、68人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
左翼的言説に失望したリベラルに読んで欲しい,
By 元フェミ (東京都港区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
私にとっては、ここ数年で最も買ってよかった本。6300円は安くないが、社会人なら、気の進まない飲み会を1回キャンセルすれば捻出できる額。けっして高くない。私は、中高大学生時代、朝日新聞を読み続け「日本はダメだ」「愛国というのは植民地思想と同義」というイメージを(朝日が直接的に書いてはいなかったかもしれないけれど)持ち続けてきた。日本人ではあるけれど、そのことを「誇りに思う」などと少しでも考えてはいけないのではないか、と思い続けてきた。アメリカ人が右も左も「愛国」を唱えるのを見て「戦争に勝ったから言えるんだな」と、どこかうらやましい気持ちを抱くようになった最近「今、日本人であることの悲しさは、国を愛するということと、改革派であることが両立しえないことだ」と思っていた。「<民主>と<愛国>」は戦後日本において、左翼が「愛国」を唱えた時代があることを、丹念な資料検分を踏まえ、教えてくれた。自分の歴史認識の浅さに気づくのは、とても楽しい経験だった。高名な知識人と言えども、社会の大きな動きと無関係ではいられない「弱い個人」である、という認識にも共感を持てた。また、戦争体験世代と言っても、年齢、居住地、階層で体験の内容が大きく違うと知ったことも、発見だった。翻訳されて海外の人にも読んでほしいと思う。あえて欠点を挙げるなら、結論部で在日韓国人のナショナリズムを「めざすべき形」のように取り扱っている部分。本論に比べて議論が粗く説得力が弱く感じるのが(個人的、主観的には賛成したいけれど)もったいないなと思った。
30 人中、25人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
我が子に読ませたい,
By 沈思黙考 (兵庫県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
「「昔はよかった」というのは、まず間違いなく嘘であり、歴史はロマンティックなものではない」保身や便乗から戦争に協力し、自らの内面に忸怩たる思いを抱え、自己嫌悪と相互不信が容易に解けない戦後という状況下で、 理性的で建設的な相互批判を、言論人に期待する難しさを教えられ、深い共感を持った。 忘れたい過去に心を痛め、何とか生き抜こうとする先進と、 説明不足、或いは過度な思い込みのために、先進の心情や教訓と向き合う機会を持てなかった後進とのすれ違い・・・ 先進の来し方を批判的に解釈して教訓とすべきだったにも関わらず、早熟な後進が継承に値すべきものまで断罪し、 先進と同じ失望を繰り返してきたのが、日本の戦後思想史である。 「いつもゼロから始めて同じ失敗をくりかえすという、いわば堂々巡りの状況を何とかしたほうがいいと思った」とインタビューで著者は述べている。 思想が栄える不幸な時代には皆、真剣に考えたけれども、社会が安定し、生活が豊かになるとともに戦中・戦後の記憶へのこだわりも薄れ、 かつては、一つの心情として表現できた「民主」と「愛国」の両立が崩壊し、「革新」と「保守」という対立する過程をたどることになった。 理念を掲げるも、現実とのずれが目立つ「革新」よりも、本音丸出し金儲け主義の「保守」の方が、とりあえず嘘がなさそうに見えるし、 現実的だよ!といった感じで、「保守」に偏ってしまった教訓を、我々の後進はどのように継承していくのだろうか? 個人的には、「第8章 国民的歴史学運動」を狂おしく思った。善意の発露が招いた「意図せざる結果」・・・これほどの悲劇はない。
81 人中、66人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
戦後思想を読み解く良質な「辞書」,
レビュー対象商品: 〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性 (単行本)
戦後思想はナショナリズムの否定ではなく、異なるナショナリズムを模索するもの。これが著者の主張である。 異なるナショナリズムの模索とは、「私」がいかに「私たち」になりうるのか、その「私たち」がどこまでの範囲のものであり、どのような性格のものであるを探ることだ。そこには、戦前のナショナリズムとの断絶と連続性の複雑な交錯がある。著者は、交錯の後を丹念に追跡する。 マルクス主義と戦中思想の意外な共通点や、日教組が唱える愛国心など、追跡の過程で見えてくるものはいずれも興味深い。 また、戦後思想を「戦争体験」の思想化と考える著者は、典型的なステレオタイプ化した戦争体験論と距離を置き、「戦争体験」の多様性を強調する。 戦地に行った者、行かなかった!'!'、戦闘に参加した者、しなかった者、空襲にあった者、あわなかった者・・・。一口に「戦争体験」といってもその内容はさまざまであり、まさにさまざまであることが戦争の「実感」を多様性のあるものにしている。たとえば、海軍士官時代に台湾駐留で内地以上に食料に恵まれた安全な環境にいたことと、「タカ派中曽根康弘」の形成は無関係ではないことがわかる。 同じ言葉を、各人が異なる意味で使っている状態では、まともな対話や討論は成立しない。「ナショナリズム」というきな臭いイメージの言葉も、イメージだけでなく、使用されてきた歴史的な経緯を理解しなければ議論は混乱するばかりだ。本書は、ジョン・ダワーの読者と小林よしのりの読者をつなぐ「辞書」になりうる可能性をもつ。
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